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最高裁判所第一小法廷 昭和28年(オ)783号 判決

上告人(原告・控訴人) 池田鐸郎

被上告人(被告・被控訴人) 東京国税局長

訴訟代理人 岩村弘雄 外三名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

所得税法第五四条によれば、政府は同条の通報をした第三者に対し、右通報の趣旨を調査し適正な額を決定しまたは更正してこれを右第三者に通報する義務を負担するものではなく、同条は政府が右通報に基いて決定又は更正をした場合には、命令の定めるところにより右第三者に報償金を交付することができる旨を定めたのであつて、決定又は更正をしない本件においては本件通知の有無に拘らず、報償金の交付は問題となり得ず、また報償金を交付されるという法律上の権利としての期待権も認めることができない。

論旨は以上の説示と異る見解を前提として原判決の違法をいうのであつて、採用することができない。

よつて、民事訴訟法第四〇一条、 第九五条、 第八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 入江俊郎 真野毅 斎藤悠輔)

上告理由

一、原判決は、本件訴の適否に関する当裁判所の判断はこの点に関する原判決理由の説示と同一であるからこれをここに引用する。よつて控訴人の本件訴を却下した原判決は相当である。として本件控訴を棄却した。

二、原判決の引用した第一審判決理由によれば「元来租税の賦課徴収担当行政庁は法令の定むる処に従い、過不足なく適正に租税を賦課徴収すべきものであり、所得税法第五十四条の所謂第三者通報は、右適正な租税の賦課徴収のために、一般国民より任意の資料提供をまつものであつて、報償金交付の制度は単にその資料の提供を促進せしめるための手段に止まると解するのが相当である。従つてその第三者通報即ち資料の提供があつたからといつて租税の賦課徴収担当行政庁が当初から負つている適正なる租税の賦課徴収をなすべき義務に何物をも附加するものではなく、第三者通報をなした者に対し何らかの義務を負担するものではない」と判示している。

三、しかし所得税法第五十四条の規定の趣旨を資料の提供を促進せしめるための手段に止ると解するのは誤りである。右規定が資料の提供を促進せしめる手段たる作用をなすことは勿論であるが、これを手段とのみ解することは同規定の立法目的を説明したにすぎぬ。法規の解釈は立法目的に即してその規定の内容を解釈することが肝要である。右規定は第三者通報があつた場合は、政府は通報の趣旨を調査し、適正な額を決定し、又は更正して第三者に報告する義務を負担したものと解釈するのが相当である。これは調査の結果、通報は事実に反するものとして、決定又は更正しない場合でも、決定又は更正しないとの決定をなして第三者に報告する義務があることをも意味する。政府が調査の義務、決定更正の義務、或は決定更正しないと決定する義務、報告の義務を負担しないとするならば、換言すれば、第三者に調査を求め、決定又は更正を求める請求権がないとするならば、税務官吏の故意又は過失によつて第三者の通報を握潰すことが可能であり、所得税法第五十四条の規定は無意味となり、通報した第三者の報償金をうける期待権は実質的に剥奪されることとなる。かかる意味に於て右規定は国民を愚弄した法規であると解釈すべきではない。

四、原判決の引用する第一審判決理由は「第三者たる通報者に対して交付される報償金は上叙政策的便宜的のもので理論上必ずこれを交付しなければならぬものではない。」と判示しているが、之は第一審判決の所得税法第五十四条の解釈から出てくる理論であつて之亦誤りである。

前述の如く政府が義務を負担し、第三者が権利を期待すると解するならば、右法条は所定の場合は必ず報償金を交付しなければならないものと解釈すべきである。若し右法条に「報償金として交付することが出来る」とあるので、報償金は必ず之を交付しなければならぬものでないと解すべきであるとするならば、法文の末節にとらわれた誤謬であつて、前述の同法条の規定の趣旨から交付しなければならないと解するのが相当である。仮に第一審判決の如く解するならば、政府の恣意によつて或る第三者に対しては、報償金を交付し、他の第三者に対しては、報償金を交付しないことも違法ではないということになるのであるが、かかる解釈は決して合理的であるとは云い得ないであろう。

五、原判決の引用する第一審判決理由は「報告者はその報告に基いて更正若しくは、決定の行はれていない状態においては右報償金を求める如何なる権利も有し得ないものと言はなくてはならない。従つて被告のなした右決定は第三者たる通報者としての原告の権利義務に変動を生ぜしめるものではなく、又久保谷唯三に対し義務を免除するものでもないごとは明らかであるから、これを以て前記の意味における行政処分とすることはできない」と判示した。

しかしこの理論は第一審判決の報償金を第三者に交付する義務なしとの見解より発展したものであつて、前述の如く第三者に報償金を交付する義務ありと解するならば自ら別の結論が生ぜざるを得ない。報告に基く更正若しくは決定が行はれたりや否やに関係なく第三者は期待権を有しているものであり、若し更正又は決定が行われた場合には第三者は期待権ではなく、報償金の交付を受ける請求権を有するものである。従つて上告人は、被上告人の久保谷唯三に対する不当極まる措置によつて、報償金を交付される期待権を侵害剥奪されたものといわなければならない。

六、第一審判決の如く「行政処分とは、行政庁の行為の中、その対象となつた人に対して一定の権利を附与し、若くはこれを剥奪し、叉は義務を課し若しくはこれを免除するものに限られるもの」としても被上告人の本件行為は上告人の権利を剥奪したものであるから、行政処分であることは明かであろう。被上告人の本件行為を「行政処分とすることはできない」として本訴請求を不適法の理由で却下した第一審判決は所得税法第五十四条の規定に違反したものである。従つて「控訴人の本件訴の適否に関する当裁判所の判断はこの点に関する原判決の理由の説示と同一である」との理由で本件控訴を棄却した原判決も亦法令に違背したものと謂わなければならない。

以上

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